07.29.
2013.07.30 Tuesday 01:09
ラズベリーの花って、黄色なんだ。
今夏、初めて咲いて初めて知ったし、
ラズベリーの葉のお茶がこれまた美味しいのだと
お客さんに聞いて、それも初めて知った。
と言っても、画像の花は、珍しい品種の山吹きの花。
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そう言えば、昨今、時々話題に上る若狭湾の近くに、
1970年代の一時期住んでいた事があるのだが、そこは
松林を抜けると、気が遠くなるような美しい砂浜と
海が広がる土地だった。
今いる太平洋の海とは、同じ海辺でも流れる空気が
全く違うのだが、丁度同じ位の時期に、田村隆一が
若狭湾に関する思い出を書いている。
勿論、大人になってから知ったのだが。
『1945年の夏は、ぼくにとって、この世における、もっともさわやかな季節であった。まだ22歳だというのに、「時」が停っていたからである。歯の痛みも、服のほころびも、いっこうに気にならなかった。あと、一ヶ月もすれば、すべてが終るのだ。
ぼくの耳にとどく、あらゆる情報が、そう告げていた。』
さて、何が書きたい訳でもないのだが、例えば
ある一つの事象、現象から、政治家は何らかしらの
決断を導き出さねばならないし、思想家はそれを
思想へと昇華し、社会学者は理論化する。
では、私達市民は?
か細くちっぽけで、いつも絶望すれすれの地点に
いる私達市民と言えば、そこから一億通りに
皮膚の感じ方をし、その皮膚の細胞一つ一つに
それぞれ感じたデータを刻みつけていくことだ、
一億通りに、それも命懸けで。
というようなこと。