原色の朝、一杯の熱い、フルーツのような珈琲を飲む。
そのために、必要な言葉たちの徒然。

'17.07.29.

ルワンダ、フイエ郡から取り寄せたブルボン種をイタリアンまで火を入れる。ディードリッヒ社の釜はかなりの畜温性があるので、2ハゼ手前数秒のところでガス圧半分以下で進行させているのだが、このルワンダのように高標高栽培で水分量も多い豆はガス圧70%で2ハゼ入りさせる。排気半減、全開を繰り返す。結果かなりの濃度の深煎りを目指す。

熱帯夜の寝付けない夜にはぴったりの珈琲だ。






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最近昼の番組で「生きるために生きるなよ、夢のために生きろ」とかいう言葉を聞いた。
それはそれでかっこいいんだけど、世界中を見渡せばそんな風に生きられる身分の人たちだけじゃないんだと思う。
生きるために仕事する、生きるために生活するというのも悪くはない人生だし、いつの世も多くは富裕層が芸術を産み、学を得、夢を堪能するものだが、そうじゃない地点にも私は視点を置きたい。
夕刻時、一人、油まみれの作業着のまま、とろとろの珈琲を疲弊した細胞に注入したい。
安いビールを飲み干して、今日も報われなかったがやるだけはやったぞと思いたい。





花火は進化すれど、線香花火は子供の頃の夏のまんま。
あっと言う間に落下して、短く散った。

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