原色の朝、一杯の熱い、フルーツのような珈琲を飲む。
そのために、必要な言葉たちの徒然。

'16.06.14.

初めて宇宙に気づいた時から、常に意識に残っていることがある。
皆さんもそうではないだろうか。

この何万光年にも渡る宇宙の時間軸と、無限の宇宙空間軸の中にあって、私達は塵ほどにも満たぬ存在で、恐らくは何も知らない。
全く、何も、知らない。

そして、恐るべきことに、それは真実だ。

揺らぐ木々、怒り、喜び、塵の中。

それはそれでいいじゃないかと考える人は、真っ当に人生を終えることができ、それでも塵としての存在意義を見い出そうとあがく者は、脳内狂気の領域へ足を踏み入れることになる。
簡単に言えば、哲学者となり、詩人となる。

















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すごく好きか、嫌いかで言えば、後者。

園子温。

でも、何故だか、10代からの我が邦画監督鑑賞歴で言えば、ずっとこの人といる。

俺は園子温だ、自転車吐息は中野武蔵野ホールで、the room、紀子の食卓、愛のむき出し、ヒミズ、その他諸々。





そして、この、ひそひそ星。
初日に鑑賞。

日本映画の歴史の中での最高傑作と呼ぶ人がいて、学園祭で上映されるレベルの自主映画と呼ぶ人もいて。


でも、これは、園が撮り続けんとしてきた、一遍の詩の映画だった。

賛否両論なのは当たり前。
「機械、マシーン、ナンバー...」のヴォイスが反復する。フクシマの光景が近未来の何処かの星とリンクする。
一見、分かりやすい、でもフイルムに刻印されている人、森、台所、海、段ボール、それらは全部、実は本物の詩、つまり狂気の世界そのものの投影なのだから。







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